まだ間に合うというなら、
もう一度、やりなおせるというのなら、
今すぐ、君の元へ。

+++Live with me? 〜夜明け前〜 8+++

叩きつけるような雨の中、政宗はバイクを走らせていた。
(今更何をと笑われても、どんな非難を受けてもかまわねぇ…。俺はもう、失いたくねぇんだ)
政宗はエレベータのドアが開き切るのももどかしく駆け出した。
飛びつくようにドアノブを回し、勢いよくドアを開け放つ。部屋の中は明かりもなく暗く、政宗は慌てて中へ飛び込んだ。
「何処だ、ゆ……!?」
暗闇に慣れてきた目に飛び込んできた白い影に政宗は息を飲んだ。

玄関を一歩上がったその場所、政宗が幸に別れを告げた場所に幸はその身を横たえていた。
「幸…ッ」
慌てて駆け寄った政宗が幸を抱き起こすと、幸は力なく身体を預けてきた。
その身体は酷く熱を持ち、吐息も荒々しかった。額に掌をのせると明らかに高い熱を放っていた。
慌てて抱き上げ、その身を寝室へと運ぶと自分のベッドへ横たえた。
「幸…、幸村……しっかりしろ」
場合によってはこのままでは拙いと、幸の頬を軽く叩き、覚醒を促すと暫くしてゆっくりと瞼が持ち上がった。
乾いた唇がうっすらと開き、途切れ途切れの声を発する。
「……ぁ、さ……ねど、の……」
意識があるならば一安心か、と政宗は安堵しかけた。
しかし、よくよく見れば薄く開いた瞼の奥の瞳は虚ろで、遥か遠くを映しているかのようだった。
一体どうしたのかと、政宗が不安げに名前を呼べば、酷く緩慢な動きで幸が政宗の姿を探そうと首を回す。
その顔を覗きこみ、再び名前を呼んでも幸は政宗を探し、名前を呼び続ける。
「……ゆき…?」
「…ま、さ…むねどの………どこで、ござるか……」
悲しみに塗り潰された幸の瞳は今を映さず、暗闇の中で消え行く政宗の姿を延々と追い続けていた。
名前を呼ばれても、今の幸には幻影が発する声にしか聴こえず、触れている手もまるで夢の中の出来事のように感じていた。
名を呼んでも追いかけても、届かない政宗の影を見て、幸は何も映さない瞳から涙をほろほろと零した。

幻影を追いかけるように持ち上げられた幸の手を取り、その身を掻き抱いて政宗は幸を呼び続ける。
失くしたはずの眸の奥がじわりと痛み、政宗は抱き締めた幸の肩口に顔を埋めた。
「…幸、俺はここだ。…幸…ッ、だから、気付いてくれよ…!」
自分を抱き締める腕と握りこまれた手に、幸がゆっくりと瞬きを繰り返した。
小さな溜息を零し、そっと手を握り返してきた幸に、政宗は顔を上げるがその瞳は未だに自分の姿を映してはくれなかった。
「………まさむ、ね…どの…?……あぁ………ゆめ、で…ござるの、か……」
「違うッ!夢じゃ、夢なんかじゃねぇ…!今、此処にいるんだ、幸!!」
政宗は張り裂けそうな胸の痛みを抱え、己の所業の愚かしさに潰されそうになっていた。
「いつも、なんでいつも!傷付けて、失くしてからなんだ…ッ!?」
雨音に掻き消えそうなほど掠れた声とともに、はたりと雫が一筋零れ落ちた。



政宗はベッドの傍らに膝を付き、苦しげな呼吸を繰り返している幸の頬に触れた。
幸の取柄ともいえる溌剌とした姿はすっかりと見る影を失くしていた。
「……こんなになるまで、なんで俺の事なんか…」
そう呟いて、政宗は小十郎の言葉を思い出した。
『―貴方が好きだと、貴方を助けたいと―』
「傷付けたのは、俺のほうなのにな…。
 それでも、まだ俺を好きだと言ってくれるのか、幸…?」
頬に残る涙の跡をそっと拭いながら、政宗は一つの想いを胸に抱いた。
お互いに傷付くかもしれない。元には戻らないかもしれない。
それでも、逃げ出したくはなかった、もう、二度と。

誰にも語らなかった過去。
自分の心の奥底に隠した記憶。

「……アンタに聞かせてやりたいんだ。…俺の、全てを」




BGM:
『all alone』 島みやえいこ 『全部、君だった。』『僕らは静かに消えていく』 山崎まさよし
『Ash』 野猿 『FINAL DISTANCE』 宇多田ヒカル


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