+++Live with me? 〜夜明け前〜 7+++

霧のような雨のしとど降る中、政宗が運転するバイクはあるマンションの駐車場へと滑り込んでいった。
体に付いた雫を払いもせず滴らせたまま、迷うことなくドアのロックを解除する。
かちゃん、と軽い音を立てて扉が開く。長い間、人の立ち入らなかった部屋は空気が淀んでいて政宗は一瞬眉を顰めたが、荷物を投げ捨てるように放り込むと部屋へ上がりこんだ。
何もない空っぽの部屋。その部屋は以前政宗が使っていた部屋だった。
壁に凭れるとずるずると崩れ折れるようにその場に座り込み、うなだれる。
口から零れるのは深い後悔に彩られたため息ばかりだった。

(誰の所為でもねぇ、俺の所為だ。
 アイツを苦しめて、傷付けて、あんな目にあわせて。
 ……幸…)

暗闇の中一人、暗澹とした思案にくれていると不意に来客を告げるチャイムが鳴り響き、政宗は思わず肩を震わせ立ち上がった。
だが、今自分が此処に戻ってきていることを知っている人間は居ないはずだと思い直した政宗は、悪戯だと判断してまた座り込んだ。
しかしチャイムは二度三度鳴り続ける。流石に訝しく思った政宗が玄関へ向かおうとしたその時。
「政宗様!!」
聴き慣れた怒声と共にドアが開かれ、政宗は踏鞴を踏んだ。
怒声の持ち主は足音高らかに踏み込んできて、政宗の姿を見つけるとその襟首を掴み、玄関脇の壁にその身を押し付けた。
「ぐ…ッ!」
「政宗様!どういう御積もりですか!?」
「こ、じゅうろ……?!」
息苦しくなりながら政宗は目の前の男―片倉小十郎―を驚きの目で見上げた。
自分を押さえている腕を掴み拘束を緩めさせようとしながらも、思考は混乱の一途だった。
「あの男に一体何をなさったんです!また、お逃げになられるのですか!!」
小十郎が何のことを言っているのか、あの男が一体誰のことなのか、混乱している政宗には話がまったく見えずとにかく拘束を振りほどこうと、小十郎の腕を掴むと渾身の力を込めて引き剥がした。
「…ッ、小十郎!てめぇ一体何の話をしていやがる!?」
ぜいぜいと肩で呼吸をしながら、自分を睨みつける小十郎を睨み返す。
小十郎も怯むことなくその視線を受け止めると、冷淡な声で言い放つ。
「つい先程ご自分がされてきたことをもう既にお忘れだと?」
政宗は眉根を寄せる。

つい先程。あの男。逃げる。

いくつかのフレーズが絡み合い、政宗の中で一つの答えが浮かび上がる。
「なんで、てめぇが知っていやがる…!!」
政宗は思わず目の前の小十郎に殴りかかった。
しかしその拳はあっさりと受け流され、それと同時に政宗の腹部に重い一撃が与えられた。
「が……ッ!」
あっけなく崩れ折れる政宗を小十郎は冷ややかな目で見下ろした。
「いつまでそのようにお逃げになられるのですか。この場所を引き払われなかったのも逃げ場を残しておきたかったからではありませぬか」
咳き込みながら政宗は小十郎を見上げて睨みつけるが、小十郎はそれを意に介さず淡々と言葉は続く。
「あの男を傷付けておきながら自分はお逃げになって、それでどうなるというのです。…何も変わらないではないですか。ただあの男を、真田幸村を傷付けたということだけが残るばかりです。それで、よろしいのですか…?」
小十郎の言葉に、政宗は何も言い返せなかった。


たっぷり五分は黙り込んだ後、政宗が漸く口を開いた。
「………もう、これ以上アイツを傷付けたくねぇんだよ。あの時みてぇに俺の所為で誰かが傷付くのなんて御免だ…」
小十郎はその言葉に思わず激昂した。へたり込んだままの政宗の襟首を再び掴み、引っ張り上げ無理矢理立たせると右目を覆う眼帯を引き剥がした。
「貴方というお方は…っ、何度申し上げれば解るのですか!!あれは事故です、避けようがなかった、そのことはこの小十郎が一番解っております!
何よりも貴方がその傷を、無くした瞳(め)をもって知っておられることでしょう!?」
「……黙れ……小十郎…」
政宗は俯き、僅かに身体を震わせながら小十郎の腕を掴み上げる。それでも小十郎は言葉を続けた。
「……それがわからないならば、あの時死んだ者たちも浮かばれ…っ」
「Shut up!!!!」
闇を裂くような政宗の叫びが部屋に響き渡り、数瞬後部屋に静寂が戻る。
政宗は小十郎の腕を振り払うと壁に凭れ、片手で顔を覆い隠す。
小十郎も乱れていた呼吸を整えると、政宗の次の言葉を大人しく待った。

「……れ……ぅ…って……」
「政宗様…?」
暫くして聴こえてきた声がうまく聞き取れず、怪訝そうな表情を浮かべた。
「…今更…俺に、どうしろっていうんだ…ッ!」
悲痛な叫びと共に勢いよく顔を上げた政宗に、小十郎はたじろいだ。
「アイツは…幸は俺が傷付けて、追い詰めて、あんな目に合わせただぞ?!
 それを今更どの面下げて会いに行けって言いやがるんだ…!!」
「だから…貴方は何も解ってないと申し上げているのです!」
ぱしん!と乾いた音を立てて小十郎の平手が政宗の頬を叩いた。
「あの男が俺の元に何と言って来たとお思いですか?
 貴方が好きだと、貴方を助けたいと、聴いていて呆れるほどに馬鹿正直な目で俺に突っかかってきたのですぞ。
 それを信じられぬというなら、あの男のしたことも今傷ついて倒れ伏せていることも、全てが無駄でしたな…!」
小十郎はそれだけ言い捨てると、政宗に背を向けた。政宗は小十郎の言葉にハッと瞠目し、去り行く小十郎の腕を掴んだ。
「アイツ、お前に会いに行ったのか…?!それに今、倒れてるって…どういうことだ!」
「……ご自分の目で、耳でお確かめになると良い」
先程までと打って変わった穏やかな表情を浮かべた小十郎は、奪い取った眼帯を付け直してやると政宗の肩を一つ軽く叩いた。
「……thanx…」
政宗は小さく頷くと、部屋を飛び出した。
「貴方が、もう何も失わずに済むことを、願っております…」


な、なんとか此処まで来た…!
もう、暗い!痛い!小十郎暴れすぎ!(?)のコンボに自分がいろいろとやられそうでした(笑)
後はもう収束に向かうだけ、のはず…。

BGM:
『BE THERE』,『ZERO』 B'z
『sakura』 NIRGILIS


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