+++Live with me? 〜夜明け前〜 3+++


それは冷たい雨の降る夜だった。
夜半過ぎ。幸がふと目を覚ますと雨音に混じって不穏な声が耳に届き、幸は身を起こした。
(……声…、誰の…?)
それは遠くからではなく、幸のすぐ側から洩れ聴こえていた。
「…く……ぅ、…t…op…!…め、ろ……ぉッ」
きりきりと絞り出すような声をあげていたのは、隣のベッドで眠る政宗だった。
耐えるようにシーツを握り締め苦悶の表情を浮かべる政宗に、幸は唖然とした。
こんな姿を一度としてみたことがなかったからだ。
一体政宗に何があったのか。悪い夢を見ているならば覚まさせてあげたい。
幸はなんとかしてやりたい一心で、呻く政宗の側へ寄りその身へ手を伸ばした。
その瞬間。

「触るな…ッ!!」

乾いた音が静寂を裂いた。
飛び起きたものの何が起きたのか解らない政宗と、手を押さえて呆然とする幸。
「あ……」
小さく零れた幸の声に、政宗ははっとした。
じわりと戻ってくる感触に自分が何をしたか、何が起きたかを察して思わず舌打ちした。
「……すまねぇ。悪い夢、見てた…」
「い、いえ…、これしきのこと、某は何とも……」
幸はそう言いながらも手よりも別のところが痛んで、思わず顔を顰めていた。
それを見て政宗は苦々しい表情を浮かべ、ベッドを降りた。
無言で扉へ向かう政宗に不安を抱き、幸は思わず声をかけた。
「…独眼竜殿…?」
「………寝てろ、ちっと水飲んでくるだけだ」
振り返りもせずにそれだけ告げると政宗は静かに扉を閉じた。

――まるで、心の扉を閉じるかのように。

ゆっくりと閉じていく扉を止めることも、政宗に声をかけることも出来ずに幸はただそれを見つめるしか出来なかった。
静寂が戻った部屋の真ん中で幸は蹲り、扉が開かれるのを待った。
政宗が変わりない様子でいつもの優しげな笑顔を浮かべて、戻ってくることを。
けれど一晩中その扉が開かれることはなく、幸は一晩中扉を見つめ続けた。

秋の雨にしとどに濡れる窓の前に佇む影があった。
片手に堅く眼帯を握り締め、失った右目を押さえるその姿は泣いているかのようだったが、瞳は乾いたままだった。
「…なんで、今になって……」
溜息と共に吐き出された言葉は重苦しく、肌寒い部屋の中に漂った。



「……幸村、彼奴らはどうしたのだ」
「…さあ……事情は幸村にも…」
翌朝、揃って目の下に隈を作って現れた二人を目の当たりにして幸村と伊達は顔を見合わせるばかりだった。
「幸、だいじょうぶ?眠いんじゃ…」
「大丈夫でござるよ!いつもより少し寝るのが遅くなっただけでござる」
気丈に振舞うその姿も幸村には空元気のように映って、心配が増すばかりだった。
しかし幸村と伊達が幸よりも気になったのは政宗の方だった。
二人の間に何かしらあったのは幸を見て明白だというのに、まったく何を言うでもなく、また幸を心配する素振りも見せない。
普段の政宗では考えられないことだった。
それでも政宗は平常を装い、干渉を拒んでいるかのようで流石の幸村も何も言えなかった。
(…これが二人の問題ならば、私に口出しできることではない…。二人が、乗り越えるべきことなのだろうから…。けれど…)
幸村は上がりかけた溜息を噛み殺し、幸が不安がらぬように笑みを浮かべた。

幸が身支度の為に自室へ戻ったのを見計らい、幸村は伊達に声をかけた。伊達は幸村の様子に言いたいことをすぐに察して場所を移した。
「政宗様、少し宜しいですか?」
「…幸のことか。放っておけ、と言いたいがな…」
「幸もですが…私は伊達様のほうが……」
幸村の心配げな顔に、伊達は眉を顰めた。
今朝の二人の様子は伊達が見ていても明らかにおかしく、何かがあったと勘繰られてもおかしくはなかった。
「……思いつめておったな、巧みに隠しておったが」
「気付いておられましたか…。大丈夫でしょうか」
「儂等が心配したところでどうにかなるものではないわ。というよりも…当人たちの問題に儂等が口を挟むわけにはいかんだろう」
「……そう、ですね…」
「幸村」
「…政宗様…?」
名を呼ばれ俯けていた顔を持ち上げようとしたところで、幸村は伊達の腕に抱かれていた。
優しい手付きで撫でられる感覚に幸村はざわついていた心が落ち着くようだった。
「……気に病むな。あやつらとて、これしきのことで潰れるような輩ではないわ。それに…、
この程度で駄目になるような関係ならば、続けぬほうがあやつらの身の為だ」
「ま、政宗様…ッ!」
「…冗談よ。……一応気にはかけておく」
「……お願い、します」
惜しむように伊達は幸村から身を離すと、優しげに目を細め幸村へ笑いかけた。



「……独眼竜殿、今何と…?」
思わず手にしていたシャープペンを取り落とすほど、幸は動揺していた。
「しばらく、部屋を別にしてくれって言ったんだ」
最初と同じトーンで告げられた言葉に、幸は政宗の顔を呆然と見つめた。
沈黙が続く部屋の中で、時計の秒針の音だけが鳴り響いていた。



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