+++Live with me? 〜君に。 その壱〜+++

「……政宗様?」
いつもならば自分を抱えて離さない腕がないことに気付いて、幸村はその日の目覚めを迎えた。
キンと冷えた冬の朝――――12月31日の朝の出来事。


「Ha?…アイツなら見てねえぜ。昨日の夜見て以降はしらねえな」
「某も見ておりませぬよ。お出かけになられているのでは?」
朝食の席に出てきた政宗と幸に訊ねてみてもまったく知らぬ、と言う顔をして首を傾げるばかりで、朝から姿の見えぬ伊達を思い幸村は眉を顰めた。
「どこか行くってアンタにも行ってねえのか?」
心配からか家事に手の付かない幸村に変わって、いつの間にか朝食を作っていた政宗が皿を並べついでに幸村に問いかける。
しかし幸村も弱々しく首を横に振るばかりで、伊達の行方は一向に知れなかった。
「…というかだな、携帯に連絡すればいいだろうが」
綺麗にサニーサイドアップになった目玉焼きを皿に乗せながら、少し呆れたような調子で政宗が言うと幸村は今、初めてそれに気付いたように顔をはっとさせた。
かたん、と慌てて席を立つと小走りで部屋に駆け戻り、ベッドサイドの携帯を手に取る。
幸村は伊達からのメールも着信もないことを確認して、逸る気持ちを抑えつつアドレス帳をスクロールした。
すぐに出てくる伊達の名前を選んで通話ボタンを押す。
無機質なコールが何度も鳴り響く。
カチャ。
「政宗さ、…ぁ……」
『おかけになった電話番号は、電波が届かないところに…』
小さく溜息をついて携帯を閉じた幸村は、それを身から離さぬようにポケットに仕舞い、リビングへと足を向けた。

「どうでござった…?」
心配げな顔で幸が駆け寄ってきたが、幸村は少し力なく頭を振る。
「電源が入っていない、と…」
「そうでござるか…どこへ、行かれたでしょうな…」
「どうせすぐに戻ってくるだろ…アイツがアンタと年を越さねえはずが…」
「政宗殿!」
珍しく幸の咎めるような声に、ソファに座り込んでいた政宗が振り返ると幸村がぐっと何かを堪えるような表情を見せていた。
「un?……ッ、と…わりぃ…」
慌てて身を起こししまった、という表情を浮かべる政宗に、幸村は貼り付けたような笑みを向けた。
「いえ…そうですね。すぐに、戻ってこられると…」
「兄上…」
「大丈夫…さ、早く買出しを済ませてしまわないと。まだ掃除も残っているのですから」
明らかに空元気な幸村に二人が何かを言えるはずもなく、ただ黙って幸村のいうとおりにするしかなかった。


結局、昼を過ぎ、夕方を過ぎても尚、伊達からの連絡は来ず、幸村はもちろん政宗も幸も不安を募らせ始めていた。
ソファに身を埋めるようにして座り込みながら、時折携帯を眺めて溜息をつく幸村を見て、政宗は伊達に対しての苛つきを隠せずにいた。
幸も落ち着きをなくして、幸村と政宗の間をうろうろしていると、不意に政宗に腕を掴まれよろめいた。
「…ま、さむねどの…!」
「アンタが慌てたってどうしようもねえだろ…アイツのことだ、連絡がねえってことは無事だってことだろ。
 もっとも、帰ってきた後のことは知らねえがな…」
「しかし、某は兄上が心配で…」
「アイツのことは、幸村が一番わかってるだろうが」
「…!……そう、でござるな…」
「だったら、もうちっと大人しく待ってな」
「わかり、もうした…」
政宗に諭されて幸は肩を落とすとラグの上にぺったり座り込み、時折幸村のほうを気にしながらも、じっと政宗の側で電話が鳴るのを、もしくはドアが開くのを待っていた。


既に日も傾き、政宗が夕飯の買いだしに行こう、と幸に声を掛けて腰を上げたそのとき。
かちゃん、と外部からドアロックが外れる音が聞こえ、三人はハッと顔を上げた。
転げるように立ち上がり、玄関に駆け寄った幸村の目の前でドアが開かれると、伊達が大荷物を抱えて入ってくるところだった。
「政宗様…!…今までどちらへ?!」
「詳しい話は後だ。…早くせねば遅くなってしまうからな」
問い詰めようとする幸村の横をすり抜け、一目散にキッチンへと向かう伊達の背後を二人の幸村が追いかける。
政宗はというと、伊達の荷物を疑わしげに眺めていたかと思うと、何かに気付いて盛大に溜息をついた。
話の見えない幸村は、着々と何かを始めようとする伊達に詰め寄り、理由を聞き出そうとしていると、しれっとした顔で伊達が幸村に向き直る。
「一体、なんのお話をなさって…!」
「もちろん…年越し蕎麦の話だろうが」
「…………蕎麦、ですか?」
思っても見なかった言葉がポンと飛び出てきて、幸村はあっけに取られた。
もちろんそれは一歩後ろで話を聞いていた幸も同じで、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「夕飯は食べていないのだろう?」
「え、ええ…まだですが、まさか政宗様…!?」
「今から打ってやるから、暫し待たぬか」
そう、伊達は信じられないことに今まで年越し蕎麦の材料を買いだしに行っていたというのだ。

「…おい、一体何処まで買いだしに行ってたんだよ、アンタ…」
いつの間にか歩み寄ってきていた政宗がカウンタに身を凭れ掛けさせながら、伊達の向かいで左目を細めて半ば睨むような目線を向ける。
「……長野に知り合いの蕎麦屋があってな。そこで蕎麦粉を分けてもらっておっただけだ」
「それならそれで連絡すりゃいいだろうが。幸村は当然、幸もどれだけアンタを心配してたと思ってんだ?」
くっと顎で二人を指し示され、伊達がそちらへ目を向けると幸村は責めるような表情を見せ、幸は純粋に心配していたという顔色を見せていた。
そこでようやく伊達は顔を顰めると、暫く何かを言おうとしては口ごもることを繰り返し、たっぷり5分はかかってようやく口を開いた。
「連絡をせんかったのは、謝る」
小声だがしっかりとした口調でそれを言い、そのあと、付け加えるように早口で。
「ただ、お主らに年の〆位よいものを食わせてやろうとだな…」
伊達には珍しく、話が上手く纏まらないようで、ああだこうだとあれこれ言葉を並べ立てたが、結局最後に幸村の正面に立ち、顔を見上げると、
「……心配をかけて、すまなかったな…」
反省しておる、と小さく付け加えて言うと幸村の握り締められていた手をそっと握った。
幸村は顔を俯けると、小さく首を横に振りその手をそっと握り返した。


「………はいはい、いちゃつくのはそこまでにしろよ。蕎麦打つならさっさとしろよ、欠食児童がいるんだからな、そこに」
「な…!某は子供ではありませぬ!」
「なんだ、自覚あんのか?」
パンパン、と手を叩いて二人の世界に入りかけた伊達と幸村を制した政宗の言葉に見事に反応した幸村がぷぅ、と膨れて政宗の胸をぽかぽかと叩く。
その二人のやり取りにふふ、と笑った幸村の顔を見てほっとした伊達が気を取り直して支度を始め、それを手伝おうと手を伸ばした幸村の手を取ると、言い争う二人から見えないところに引き寄せると、軽く口付けた。
「ま、まさむねさま…!」
「これで許せ」
「……し、仕方ありませんね!」
真っ赤な顔でふいと顔を背けた幸村の背中を見ながら伊達も満足げに笑みを零した。



実はこのあともう一本続く、のですが…
帰ってきたら書きます、いってきま…!!
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