珍しく本屋に寄りたいと言った幸村が言い出して二人で駅前の大きな本屋に立ち寄った。特に目的のなかった俺はいつも立ち読みで済ませている雑誌を数冊流し読みし、いつの間にか出ていた単行本を購入すると、姿が見えない幸村を探しに店内をふらついた。
すると女性向けファッション誌の棚で黙々と一冊の雑誌を読みふける姿を見つけ、その隣へ足を運び、手元を覗きこみながら声をかけた。
「…何見てんだ」
「っ!わあぁああ!」
べしべしと持っていた雑誌で叩かれ、慌ててそれを止めながら叫び続ける幸村を宥める。こんなところで大声出したら一躍注目の的だ。
「ってぇ!ちょ、おい、止めろって!声でけぇ!」
「き、急にくる政宗殿が悪い!!」
「いつもすぐ気付くだろうが…で、黙々と何読んでたんだ?」
そんなに慌てるような物だったのか、と気になって幸村の手に握られてしまった雑誌を品定めするように見る。しかし表紙を内側に丸められていてわからなかった。
「な、なんでもありませぬ!お会計してきますな!」
そういうと抱え込むようにしてレジへと走っていってしまった。幸村がファッション誌を買うこと自体珍しいのだが、俺に隠すような代物なのか、と更に気になって棚に陳列されている雑誌をざっと眺めてみた。
どれもよく似たような、新作秋冬物やCoordinateの特集の文字が並ぶ中、一冊だけ気になるアオリ文が載っていてコレか、と当たりをつけた。なるほど、これなら幸村が隠したがるのも納得だ。
自分でなんとかしようとするのはcuteだが、彼氏の役目も多少は与えてほしいもんだぜ、と他人から見れば引かれるだろう笑みを浮かべながらレジへと向かった。
「明日、講義ないんだろ。夕飯作ってやるからそのまま泊まっていけよ」
「そうでござるが、よくご存知ですな」
「掲示板の前で待ち合わせしてりゃ気付くだろ」
他愛もない話をしながら帰路につく幸村を送るために駅へと向かう。しかし明日は金曜、都合よく講義は全て休講。そうなったらすることは一つだろう。今まで何度となく食わせてるのだからこれにつられないわけはない、はずなのだが。
「ぅ…き、今日は…」
「なんだ、用事でもあったのか?」
まさか断られるとは思わなかった。家に用意されてる、ということなら諦めざるを得ないがまだそんな時間でもないはず、とちらり腕時計を確かめる。
「用事、というか…」
妙に歯切れが悪く、よく見るとちらちらと手にした袋を気にしている。そういうことか、と思わず上がりかけた口元を何とか抑えて努めて普段どおりに話しかける。
「急ぎじゃないならいいだろ。栗もらったから栗ご飯食わせてやろうと思ってよ」
これでどうだと様子を伺えば葛藤しているのだろう、うぅーと口を噤んでなにやら堪えていた。あと一押しだな、と止めを刺しにかかる。
「desertもつけるぜ、Pumpkintart。この間テレビで見て食べたいって言ってただろ」
甘いものに目のない幸村がこれで断るはずがない、と隠すこともせずに口角をにやりと釣り上げた。
「た、食べたいでする…」
「OK、なら買い物寄ってくか」
勝者の笑みを浮かべながら幸村の手を引いて来た道を引き返した。
「ごちそうさまでござる!」
「お粗末様。旨かったか?」
食後に約束通りのタルトとミルクティーを出し、自分はブラックコーヒーを入れて隣に座る。満足そうな幸村に自然と頬が緩んだ。
「美味しかったでござる!タルトの上に乗っていたクッキーはじゃっく・お・らんたんでござるか?」
「あぁ、少し早いがHalloweenだからな。気に入ったならよかったぜ」
来るまではあんなに渋っていたというのに、来てしまえばいつも通り夕食しっかりと片付けて寛ぐ幸村に、危機管理というものを教えたくなる。相手が俺だから、というならば特に問題はないのだが。
「そういや…用事なんだったんだ?」
むぐ、とタルトを口に運んでいた手がぴたりと止まった。隠し事なんて出来ないんだからあっさりと白状しちまえばいいのに、そうしないところも可愛いと思うのは、惚れた欲目だろう。
「随分渋ってただろ。急ぎじゃねぇみたいだけど、気になっちまってな」
「い、いえ…別にそれほど急ぎというわけでは…」
ちらりとソファーの隅におかれたままの紙袋に視線を移しては、またすぐに何もなかったように戻す。そんなに気になるなら見ちまえばいいだろ…俺も一緒に見てやるから。
「それならいいけどな…そういや珍しく雑誌買ってたな、何買ったんだよ」
そう言いながら紙袋に手を伸ばした。中身はもちろんわかっているんだけどな。
「えっ?!あ、な、大したものではありませぬ!ただのファッション誌で…!」
「アンタが読むモンだから気になるんだよ。幸の好みなら知っておきてぇし」
嘘ではなく本当にそう思ってはいるが、幸村の好みなどとっくに把握済みだ。当然、阻止しようとする幸村をひょいと抱え込み、空いた片手で袋を開けた。中身は予想通り。
「……オンナらしい、カラダ作り?」
「…うぅ…」
あの時店頭で見たのと変わりないアオリ文が踊る表紙をわざとらしくまじまじと見てから幸村を見れば、いたたまれないという顔で俯いて額を肩に擦りつけてきた。可愛すぎるだろ。
「humm…dietは幸には必要ねぇよな。なら……この辺か?」
そのままぺらぺらとページをめくり、バストアップの記事が載っているページを開いた。俺にしがみつく手の力が強くなって図星だとすぐにわかる。
「…体操に、supplementねぇ…大きくしてぇのか?」
「……政宗殿は、大きいほうが好みだと…」
ボソッとこぼした幸村に、一体どこからそんな与太話を仕入れてきたのかと少し呆れてしまうと同時に、俺のために滅多に買わないような本を買ったのだと思うとにやけそうにもなった。
「誰から聞いたのかしらねぇが、俺は小さかろうが大きかろうが、幸ならどっちでもかまわねぇよ」
「で、でも…この前元親殿が政宗殿は昔は大きい人ばっかり連れてて、その…いろいろさせてたらしい、とか話してて…」
元親か…月曜覚えとけ、と仕返しを頭の中で組立てながら、未だうにうにと肩に擦りついている幸村を抱きしめた。
「我ながら酷いとは思うが、昔は女なんて皆同じだと思ってたからな…アンタに会ってからだぜ、俺が誰かをちゃんと好きになったのなんて」
「……よく、さらっとそんなことを…」
「それだけアンタに惚れてるんだ、仕方ねぇよ」
真っ赤になってむぅむぅ呻く幸村の背中を撫でる。これだけ愛情表現あらわにしてるのに、まだ自信がないっていうんだから、俺のLoverにも困ったものだ。
「…俺の好みになろうと思ったのか?」
抱きしめたまま殊更低く耳元で囁くと、ぴくりと肩が撥ねた。耳元が弱いことも、俺の声が好きなことも承知済みだ。
「わ、わかってるなら、聞かないで下され…」
こういう素直なところも可愛いんだからしょうがねぇ。頭の先からばりばり食べちまいたいくらいcuteだ。
「だったら、こんなもんに頼らず最初から俺に相談すりゃいいだろ」
ごろりと体勢を入れ替え抱き抱えていた幸村をソファーに押し付けた。何が起きたのかと目を丸くしている幸村にニヤリ笑いかけた。
「大きくしたいなら手伝ってやるのによ。…つうか、時々してたしな」
「手伝う?……何かしてもらってたので?」
今度はこっちが目を丸くする番だった。この体勢になってわからないって言うのか。初めてなわけでもねぇのに。初心なのもイイところではあるが…。
「知らないのか?胸ってのは…揉んだら大きくなるんだぜ」
その言葉に一気に理解したのか幸村の顔がさっきよりも更に真っ赤になった。瞬時に出た手をあっさりと受け止めてニヤリと笑う。
「は、はれんちでござるぞ、政宗殿!」
瞬時に出た手をあっさりと受け止めてニヤリと笑う。ようやく俺が何をしたいのか理解したらしい。普通は押し倒した時点で気付きそうなもんなのに、中々気付かないのが幸村らしい。
「破廉恥ってな…何回もしただろ、そろそろ慣れたって…」
「そういう問題ではありませぬ!もっと慎みを…」
「恋人なんだから普通だろ」
好きな奴にもっと触れたいと思って何が悪いのか。まだまだ全然足りちゃいねぇのにな。
「…某は慣れませぬ…」
「アンタはshyだからなぁ…で、手伝ってやろうか?」
「け、結構でござる!」
「なんでだよ、大きくしたいんだろ?」
ずいっと迫るがしっかりとガードするように自分を抱え込み、触れさせようとしない。なかなかに難攻不落の様相だ。
「政宗殿が小さくてもよいと申したではありませぬか!」
「幸なら大きくても小さくても気にはしねぇけど、大きいならそれはそれでいいと思うぜ」
あれやこれやできるから、ないよりあったほうがいい、なんて言ったら確実に怒るだろうから口にはしないが。
「やっぱり大きいほうが好きなのではありませぬか!」
「あったらあったで嬉しいってだけだ。アンタはどうしたいんだよ」
「そ…某は…」
「大きくしたいんだろ…?」
引き寄せて幸村が好きな低めの声で囁く。ずるい、なんて聞こえてきたが自分の武器を有効に使って何が悪い。俺には普段そんな顔を見せちゃくれない幸村が、俺の腕の中で見せる可愛い顔のほうがよっぽど反則だ。
「……政宗殿がその方が、いいなら…」
「OK…なら俺に任せときな。2sizeUPも夢じゃねぇぜ…」
「……嘘つき」
「un?」
拗ねた声が耳に届いて、俺は煙草に火を点けかけた手を止めて視線を落とすと、紅潮したままの頬を膨らませた幸村が自分の身体を見下ろしていた。
「大きくならないではござらぬか…」
「そんなすぐにはならねぇよ。続けねぇとな…あぁ、なんだ。もっとmassageして欲しいのか、積極的なhoneyだな」
「ち、違…っ!政宗殿の馬鹿ー!!」
Requestには応えないとな、と手にしていた煙草を放り出し、俺は拗ねているhoneyに覆いかぶさった。