ぷれみあむ ほっと ちょこれーと。<現代版左近+小十郎+幸>

放課後の校門前。その場にそぐわないスーツ姿の男と学ランをピシッと着込んだ男子学生がそこから少し離れた場所で言葉を交わしていた。
「ええ、またお伺いします。しかしお忙しいのでは?」
「まさか…アンタが来ると言えば多少の時間は空けるでしょう、あの方は」
申し訳なさそうな顔をした男子学生―真田幸村―にスーツ姿の男―島左近―は軽く肩を竦めて笑ってみせた。
「そう、ですか…?…でしたら一度ご連絡差し上げますね」
「俺なんか通さずに、直接かけて下さいよ?知ってるんでしょ、番号」
「教えていただいてはいますが…よろしいのでしょうか?」
「かまいやしませんよ。あぁ、でも昼間は避けたほうがいいでしょうね、紛いなりにも忙しいらしいですから」
「はい。じゃあ、またのちほ……」
別れを告げようと頭を下げかけた瞬間、突然背中に何かがぶつかり、危うく舌を噛みかけた幸村はそれが誰かすぐに気がついて深くため息をついた。
回されている腕を解き、振り向くと険しい顔をその人物へと向けた。
「兄上!」
「幸…!あれほど飛びついてはいけないと…」
人前ということもあって、然程厳しくはなかったが諌められてしゅん、と肩を落として小さく身を竦めた。
しかし幸村の側に立つ左近に気がついて、大きな瞳を向けじっと見上げた。
「も、申し訳ありませぬ…少々驚かそうと思い……こちらの方は?」
「人にあったときはまず自分から名乗りなさいと、御館様に言われなかったですか?」
「う…すみませぬ…」
再び幸村のお叱りが飛び、先ほどよりもさらに小さく縮こまる幸に左近は笑うでもなく、むしろ幸村の言った言葉のほうに反応して瞬いた。
「御館様?…こいつも知り合いで?」
「あ…えぇ、違う方、なのですが…」
「名乗るのが遅くなり申した。真田幸村と申しまする!」
首を傾げる左近に幸村が苦笑しながら説明をしようとしたが、それを遮るように幸が深々と頭を下げて挨拶をしたため、さらに左近は目を丸くすることになった。
「……同姓同名…?」
「細かいところは気にしないでください…」
「まあ…面倒だしな…ということは、御館様っていうのも…」
「はい、こっちの幸の世話を見ていてくださった方です。…豪気なお方ですよ」
「ほぅ…引き合わせてみたいねぇ、一度…」
「それは、まあ…そうですね…」
「兄上、御館様に会われるのですか?」
「あなたの御館様ではありませんよ」
御館様、と聞いただけで目を輝かせる幸に幸村は苦笑しながらぴこぴこと髪が跳ねている頭を撫でた。
幸は子供のような扱いに少し幸村を恨めしそうに見たが、すぐにその表情を消して幸村の腕を引いた。
「わかっておりまする。某も一度お会いしとうございます」
「また機会があれば会いにいきましょうか」
「はい!…それで、こちらのお方は…?」
「あぁ……忘れてたな。俺は島左近…こっちの、真田のほうの信玄公繋がりでな」
「そうでござったか…しかし、どなたかに似ておられるような…」
人のよさそうな笑みで幸村を指差して名乗った左近に幸はぺこん、と再び頭を下げるとその顔をじーっと見つめた。
左近を見つめ続ける幸に、幸村は怪訝そうな表情を浮かべて覗き込んだ。
「幸?」
「…思い出せぬ…」
むぅ、と眉根を寄せて思い出そうとするが一向に出てこないのか、幸は諦めたように肩を落とした。
「俺に似た奴ね…会ってみたいねぇ」
「島殿まで…ほら、幸…そろそろ帰りますよ」
「はい、それでは失礼いたしまする!」
「あぁ、またな。政宗公にも宜しくな」
面白がっている左近を苦笑しながら軽く諌める幸村に左近は笑いかけた。
幸村に促されて幸は左近に軽く頭を下げると、幸村と連れ立ってその場を後にした。

ぷか、と煙草の煙が輪っかになって浮かんでいくのを小十郎は吹き消した。
左近はそれに何も言わず、またぷかりと煙を吐き出す。二人はコーヒーショップのカウンタに並んで座っていた。
「…俺に似た奴なんているのかねぇ、と…」
「お前のようなのが二人もいては俺はかなわねえな」
本気で厭そうな顔をした小十郎に、左近はわざとらしく恨めしそうな目を向けた。
しかし小十郎は容赦なく、その顔に煙を吹きかけた。噎せる左近に小十郎ははた、と思い出したように口を開く。
「…今、さらりと酷いことを言わなかったか、小十郎…?」
「気のせいだろう。…それで、どちらも息災だったか」
「そりゃね…真田も政宗公もついてるんだ、小さいほうの真田も活発そうだったな、そういえば…」
「奴は活発を通り過ぎてんだよ…」
左近が先日二人に会ったときの様子を思い出して笑っていると、小十郎は深いため息をついた。
おや、とそっちに目を向けると小十郎は左近と対照に厭な出来事でも思い出したのか、げんなりとした表情だった。
「……会ったことあるのか、お前?」
「ある…政宗様にべったり……というか政宗様が離れねえのか…」
「…………アンタ、苦労性だろ」
「放っておけ…」
肩を落として深々としたため息を吐き続ける小十郎の肩を、左近が励ますように叩いて苦笑いを浮かべていると突然小十郎がカウンタに頭を突っ伏した。
左近は思わず身を引き、危うくスツールから転げ落ちるところだったのを、やっとで押し留まり、突っ伏したままの小十郎を見た。
「あぁ、そうさせて…っ、な、なんだ?!」
「………知られたら、また政宗様に怒られるぞ…真田」
のそ、とぶつけたのであろう額を押さえながら、低い唸りにも似た声を上げながら起き上がる小十郎の背中にはのし、と圧し掛かる幸の姿があった。
言い当てられにこにことした顔でそこから退いた幸に、小十郎はぶつけただけではないであろう頭痛を覚えた。
「よく判られましたな、さすが片倉殿でござる!」
「…アンタに褒められてもな…それで、今日は何の用だ」
「片倉殿が見えたので参りました!」
嬉しそうな顔で隣に座った幸を避けるように、顔を背けた小十郎だったがそちらでは左近が笑いを堪えるのに必死になっていた。
小十郎はじろとそれを睨んでから、仕方なく幸のほうへ視線を戻した。
「…そうか…俺は人と会ってた最中だったんだがなぁ…?」
「…!…も、申し訳ありませぬ!…邪魔をしてしまったでござろうか…?」
「いや、面白いものを見せてもらったぜ、真田」
小十郎の冷たい態度よりは邪魔してしまったことにしょぼん、と沈んでしまった幸の前に笑いながら左近がホットチョコレートをおいた。
きょとんと目を丸くして見上げる幸に軽く手を上げて応える。
「…島、左近殿…?」
「久しぶり、というほどでもないな」
「あ、あの…なぜ片倉殿と島殿が一緒におられるので…?」
幸は小十郎しか見えていなかったのか、二人を交互に見比べてますますわからないという顔をした。
「こいつが勝手に寄ってき…」
「そりゃ俺たちは親友だからな」
「待て、誰が…!」
小十郎が理由を言おうとしたのを咄嗟に左近が遮る。まだ何か言い募ろうとする小十郎を左近はまあまあ、と制して楽しそうな顔で幸を見た。
「お友達でござるか!…まさかお二人は同じ会社でお仕事をされていらっしゃるので?…とすると、兄上の御館様の…」
「いや、俺は違うぞ。偶々同じビルに入ってるだけだ」
「そうでござったか…では、以前からお二人はお知り合いだったのでござるな!」
「知り合い?…だから違う。大概島のほうから勝手に絡んでくるんだ」
「小十郎…つれないんじゃないか、それは…」
「仲がよろしいのでござるな」
カップを両手で持ち、ほわほわと笑いながら楽しげに見ていた幸の一言に、左近と小十郎、二人の視線が一気に集まる。
言い合っていた雰囲気も遥か彼方に飛び去って、二人同時に煙草に火を点けなおすと、左近が何か言いたげに口を開いた。
「……なあ、小十郎…」
「言うな聞くな、俺は何も答えねえぞ」
「………?」
しかし小十郎が先を制してしまったため、ぐぐ、とくぐもったうなりのようなものとともにその言葉を飲み込んだ。
小十郎はとにかくこの場を何とかしようと辺りを見回すと、右腕のリストウォッチに目を落とした。
「気にするな…おい、真田…まだ帰らなくていいのか。もう遅いぜ?」
「え?あ!…か、帰りまする、政宗殿にまた心配を…!」
「またな、真田」
気がつけば外は黄昏時を過ぎ、街灯の灯りが煌々と周囲を照らしていた。
幸は慌ててカップの中身を飲み干すと席を立った。微笑ましい表情でそれを眺める左近と対照的に呆れた雰囲気の小十郎だったが、店を出かけた幸がパタパタと小走りに戻ってきて、顔を顰めた。
「あぁ、まだなんかあるのか?」
「先日島殿とお会いしたときに思ったことを思い出し申した!」
「お、一体誰なんだ?」
誰かに似ている、という話をしていたのを左近も思い出し、興味深そうに幸の次の言葉を待ったが…。
「片倉殿でござるよ!」
その言葉に小十郎は飲みかけていた珈琲で噎せ、左近は煙草の灰を危うくスーツに落とすところだった。
「……真田、それだけは…!」
「心外だぞ、それは!」
「…そう、でござるか?…とてもよう似ておられると思うのでござるが…」
二人揃って幸に詰め寄るような勢いで激しく否定するさまに、幸は小首を捻る。
「見た目だけで判断してるんじゃねえだろうな…?」
「いえ、そういうこと抜きで、でござるが…違いまするか…?」
「…ま、まあ…その話は、また今度ゆっくりな…」
「はい、わかり申した。それでは失礼いたしまする」
実際のところ、容姿が似ているのではないかというのはお互い若干なりとも気付いていたが、今更変えようがないのでそのままでいた。
だから其処を見てだろうと思った二人だったが、そうではないと軽く一蹴した幸に、片方は首を捻り片方は苦虫を噛み潰したような渋い表情になった。


ぱたぱたと軽い足音をさせて幸が走り去って行くのを見送った二人は、図ったように同時に煙草に火をつけた。
ふぅ、と吐き出された煙が風に乗って流れて消えていく。それを眺めながら左近がぽそりと呟いた。
「あれは政宗公が手を出しかねるのも頷けるな…」
「……厄介なんだよ、奴は…」
「やけに懐かれてたな、小十郎」
「…うるせぇ、気のせいだ」
「照れるなよ。別に政宗公に告げ口なんてしないって」
「………お前が言うと嘘臭え…」
「俺は二人の恋路を助けてやろうとしてるんだぜ?…あ、お前も手伝うよな?」
この先、政宗に降りかかるであろう左近からの協力と言う名の嫌がらせに自分が確実に巻き込まれるであろうことに小十郎は盛大にため息をついた。


左近と小十郎が別人(主に口調)になっていますが平にご容赦を…!