(無双版慶次が八百屋の店主設定の現代版です、よしなに)

+−+とどかないもの。 <無双ダテサナ←慶次>+−+

店先をぼんやりと眺めていると見慣れた顔が表れて、慶次は笑みを浮かべて腰を上げた。
それに気付いた相手も笑顔を浮かべて小さく頭を下げた。
「よう、いらっしゃい。今日はひとりか、珍しいねぇ」
「こんにちは。大学の帰りに寄ったので…」
客―真田幸村―ははにかみながら、通学用と思しき鞄を慶次に掲げてみせた。
慶次はそれにふむ、と頷いてみせると店先と幸村とを交互に見た。
そして一点に目を留めるとそこへ手を伸ばし、一本掴み取ると幸村に差し出した。
「それで今日は何にするんだ?…いい大根が入ったぜ」
にか、と笑った慶次に釣られるように笑って幸村はそれを手に取った。
しばらく眺めて考えこんでいたかと思うと、うん、と小さく頷いた。
「おでんにしたら美味しそうですね…じゃあそれと、じゃがいもと…」
「…なあ幸村…アンタ、政宗と一緒に住んでるんだったな?」
幸村から大根を受け取った慶次はそれを袋に入れながら、不意に思ったことを口にしていた。
慶次からの問いかけにきょとんとした顔をしてから、こくりと首を縦に振った。
「えぇ、そうですが…」
「…あの御仁の何処に惚れ込んだんだ?」
質問の意図がわからない、と顔で語る幸村に対して慶次は畳み込むように質問を重ねる。
ストレートな質問の内容に、今度こそ幸村は取り乱した。手にしていたじゃがいもが手から零れて転がった。
慶次はそれを拾おうともせず、幸村との距離を詰め見下ろせば幸村は顔を俯け、視線から逃れた。
「え?!…あの、惚れた、というかその…」
「好いてるからこそ、一緒に暮らしてる。そうじゃねえのか?」
「…そ、そうですが…」
「アンタほどの男が惚れるんだ。それだけの理由があるんだろ?…俺はそれが知りたいだけさ」
「…慶次殿は、なぜそんなことを…?」
「そりゃあ……」

「…野暮な問いかけじゃな、前田…」

ひゅっと飛んできた何かを慶次は咄嗟に受け止め、そちらを見れば学生服姿の伊達が立っていた。
手にしたものが何か、と見ればさっき幸村が取り落としたじゃがいもだった。
砂を払い、山に戻しながら慶次は苦笑を浮かべて近づいてくる伊達に目を向けた。
幸村は突然の伊達の登場にぽかんとした顔をして慶次と伊達を交互に眺めやった。
伊達は慶次と幸村の間に入るように立つと、幸村を見上げた。
「相変わらず血気盛んだねぇ……政宗は」
「ま、政宗様…」
「戻りが遅いと思うたら、案の定ここで捕まっておったか…」
「捕まえてたたぁ人聞きが悪いねぇ…」
苦笑交じりの声に伊達は首を回すと、その隻眼で射抜くかのように慶次に視線を向ける。
「あながち間違いではあるまい。何を聴きだそうとしていたかまでは知らぬがな」
「判ってて言ってるから性質が悪いぜ、アンタ…」
「ふん、お主のほうこそ腹に一物隠し持っておるだろうが」
「政宗様も慶次殿もこんな往来でおやめください」
「…幸村…」
一触即発の二人の間に幸村が割って入ると、どちらも一歩後退し、同じように幸村の顔を見る。
何か言いたげな伊達を制すると、幸村は慶次を真正面に見据え、口を開いた。
「慶次殿、私は政宗様と共に居たいと思ったからこそ、今一緒に暮らしている。ただそれだけです。…理由は…」
「あぁ、もういい。…アンタたちを見てるだけでわかるさ」
「慶次殿……」
顔を曇らせる幸村におどける様に笑いかけ、まだ続けようとする幸村の前に買い物袋を突き出し、慶次は先を制した。
「これ以上いられちゃ中てられるばっかりだ。さっさとこれ持って帰りな」
「あ、す、すみません…」
かさこそと音を立てる白いビニール袋を受け取ると、幸村はぺこりと頭を下げて店を後にした。

日もほとんど落ち薄闇があたりを包み始める中、伊達と幸村の二人は家路についていた。
幸村は坂の途中で足を止めると、慶次の店を見るように振り返った。伊達も同じように立ち止まるとその幸村の横顔を見つめた。
「…慶次殿は、一体何を仰いたかったんでしょうか」
「気にせずともよいわ、そのようなこと」
「そのような、とはあんまりでは…」
次第に機嫌を悪くする伊達に気付かぬまま、幸村は彼方を見つめている。
「いいから気にするな、それから奴の店に行くときはわしも連れてゆけ」
あからさまにむっとした表情を浮かべた伊達が、幸村の正面に回りこみ少し強い口調で言えば、幸村はきょとんと小首をかしげた。
「は…?………それは構いませんが…」
「よし。…ならば早く帰るぞ」
じっと見つめてくる伊達に戸惑いながらも幸村が返事を返せば、満足げに頷いて伊達は幸村の手をとり、しっかりと握り締めるとぐいぐいと引っ張るようにして歩き出した。
掴まれた手に動揺してつんのめりそうになりながらも幸村はついていったが、伊達は歩みを止めようとしない。
辺りを気にして振りほどこうにもしっかりと繋がった手は離れることを知らないようだった。
「ま、政宗様、人が…!」
「黄昏時だ、暗くてわかるまい」
「………そう、ですね」
伊達の一言にしょうがないな、というふりをしながら幸村は自ずから手に力をこめた。
その少し冷たい手のひらを温めるように。自分の熱を少しでも分け与えられるように。


薄暗くなってきた店の奥でシュっという何かを擦る音が聞こえ、その周りがぼんやりと赤く照らされた。
慶次の口に咥えられた煙草の先で、じりじりと紙が焦げ、ふうっと紫煙が吐き出された。
「やれやれ…今更気付いてどうするんだろうねぇ…」
さっきまで幸村が立っていた場所を、歩き去った方角を眺めながら、慶次は煙を深く吸い込む。
目を伏せてその裏に浮かぶ笑顔を思い浮かべて、自嘲気味につぶやいた。
「……追いかけてたもんは、蜃気楼か逃げ水か…」
誰に聞かせるでもない独り言は紫煙と共に消えていった。