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ひんやりとした空気を昇ってきた朝日が次第に温め始める頃。喫茶鳴神では、開店前の準備に追われる二人の姿があった。さして慌ただしさは感じられ ず、むしろのほほんとした空気さえ感じられるほどだった。しかしその手はいつもの手順をてきぱきと正確に、且つ素早く片付けていた。
「最近このとおりも喫茶店、というかカフェ増えたねー」
「あぁ、そうだな。この一年でやたら新しい店が出来た。おかげで商売あがったりだ」
「マスター、そこでひとつ俺から提案があるんだけどさ」
黙々と、ではないが床を磨いた佐助が手を止め、カウンターの中を掃除していた小十郎を振り返ると、それに気付いて小十郎も俯けていた顔を上げた。佐助は モップを片付けるとカウンターに上げてあった椅子をひとつ下ろして腰掛ける。飄々とした中に僅かながら真面目な顔が見えて小十郎も手を止めた。
「なんだ、急に改まって」
「大事な話をしようと思ってさ。これからの話、かな?」
〜中略〜
「今日は店主は居ないのかね」
何とか穏便に事を運ぼうとする佐助の胸中など、誰にも伝わらないまま、流れはいつもの展開になりつつあった。既に店の奥からは常にはない喧騒と、じわりと滲み出る怒気をはらんだ様な気配が徐々に近付いてきている。これはもうどうしようもない、と佐助は僅かに身体を端へと寄せてため息をついた。
「(きれいさっぱり無視だよ…)居ますよー。今は奥だけど、多分すぐに…」
佐助が全てを言い切る前にバサっ、と仕切りのスクリーンを跳ね除けてそれはやってきた。
擬音を書き込むとしたら相当鈍い音になりそうな足取りでゆっくりと近付いてきたのを、佐助はさっと脇へ避けた。俺様しーらない、と呟いて逃げたいところ ではあるが、今日は休日、しかも人の多い昼下がり。放っておけようはずがなかった。しかし狭い店内、足音は男の目の前でぴたりと止まった。
「……松永ァ…てめぇまた性懲りもなく来やがって…」
店内の客の目が一気にカウンターの中…小十郎のほうへと向けられた。それもそうだろう、普段店に立っているときは無愛想なれど感情を露わにする性質には見えないからだ。
ぱらり、と髪がひと房落ちる。いつにも増して荒れている、というよりは気が立っているのは恐らく奥にあの人がいるからだろう、と佐助は視線を一瞬投げて思う。だから今日は来てほしくはなかったのに、とぼやいている間にも二人の間の剣呑な雰囲気は増していくばかりだった。