彼の休日の日課は、ベランダに出ることから始まる。
「ふん…いい天気だな。今日も暑くなりそうだ…」
都心からわずかに離れたマンションの4階で彼、片倉小十郎は遠く空を眺めて満足そうに笑みを浮かべた。しかし笑みは左頬の傷との相乗効果(?)で、恐らく誰かが見ていれば思わず踏鞴を踏んでしまうようなものだった…。
そんなツッコミもいざ知らず、彼は手にしていたタオルを徐に頭へ巻くと、ベランダのある一角でしゃがみこむ。しゃがんだ目線の先にあるものは、というと……鈴なりになったプチトマト。
「今年も豊作だな…よくできるのは結構だが、一人じゃ食べきれねぇか…」
 ぷちぷちと手際よく籠に摘み取りながら、小十郎はどうしたものかと思案に耽る。毎年のことながらこの豊作ぶりには嬉しい半面悩みも尽きない。男の一人所帯ではどうしても食べきれる量ではない。料理が出来ないわけではなく、どちらかと言えば出来るほうだろう。それでもこれだけの量―無意識のうちに摘み取ってしまった籠いっぱいのプチトマト―を傷めずにいるのは無理だろう。それならば考えられる手段は限られてくるわけで、小十郎は考えを違うほうへ巡らせながら、手際よく苗の手入れをする。
 今、彼のベランダ菜園―申し遅れたが、彼の趣味は家庭菜園である―にはプチトマトの他にも、ラディッシュ、バジル、さらには小玉スイカまでなっている。彼が手塩にかけて育てている姿はある種異様…いえ、微笑ましい光景で。小十郎は雑草を摘みながらすくすくと伸びた野菜たちを満足げに眺め、手入れをしては休日を過ごしている。
 最初は家計と買い物の手間を少しでも省くためと思い始めたことだったのだが、気がつけば性にあっていたのか趣味の範疇を超えるのではないかと思うほどのめりこみ、季節ごとに様々な野菜を育てている小十郎がいた。